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2005/10/15(土)
<そもそも桂文枝とは・・・>

桂文枝という落語家さんを先代にさかのぼってみていきましょう。
それぞれの文枝像が6代目を考えるヒントになるやもしれません。

さて、先代にはどんな方々がいらっしゃたかというと・・・
桂文枝とい名前は先頃亡くなられた方が五代目と
なりますので、当然5人の桂文枝がいた訳です。

しかし、厳密に言うと現在初代とされている
桂文枝の前にもう一人桂文枝はいたのです。

しかし、活躍の実態から通説では二代目が初代と
されています。この辺りは本来の二代目の功績が
大き過ぎた為に、時代が本来の初代桂文枝を
もみ消してしまったようであります。


■初代桂文枝
 そして歴史上の初代桂文枝は、上方落語における
 「桂派中興の祖」
 の一人と言われ、滋味ある素噺に定評があり人徳も
 熱く特筆すべき落語家であったのです。
 この方の活躍で桂文枝という名前は大看板
 になった訳です。

■二代目
 二代目は初代文枝の弟子で、文都・文之助・
 文団治らとともに文枝門下四天王と呼ばれ、
 明治12年に文枝を襲名しています。
 酒に縁のある噺が得意で、弟子に二代目南光・
 二代目文三・三代目文枝なと、多くの名人を
 育てた明治の上方落語を代表する落語家でした。

■三代目
 子供の頃から舞台に上がる人気者であった
 ものの、変声期に一度講座を離れ、舞踏や笛など
 端席を勤めながら明治37年に文枝を襲名。
 持ちネタは当時随一と言われ、上品で軽妙な
 話しぶりであったということです。

■四代目
 4歳にして歌舞伎俳優の門弟となり活躍するも、
 病弱の為役者を廃業。15歳で三代目桂文枝に
 入門するも、一時は落語を離れて舞踏家になります。
 しかし、終戦後落語界に復帰して文枝を襲名。
 そういう人なので、高座を短めに切り上げて
 踊りを踊ったそうですが、「浄瑠璃落語」を
 開発して人気を博したと言われます。


そして、五代目桂文枝となる訳です。
四代目文枝に支持した五代目は、落語という本編に
おいてはことさら「五代目笑福亭松鶴」を慕って
おりました。

それ故に、その落語の息・間
「五代目松鶴」
のものであり、その具合は
実子の六代目松鶴よりも明らかに伺えたのでありました。

エピソードとして、後世に六代目松鶴が
「親父にはワシより文枝の方がよう似とる」
と残した程でした。

そんな桂文枝の歴史を次に担うのは誰か?!
次回はそんなことを読んでいきましょう!

<次回に続く>
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