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2005/11/10(木)
<マラソンよりも息の長い芸人へ>

間寛平とまると死ぬ男―The nonstop monkey!!
今ではすっかり「マラソンランナー」としても
認知を得た間寛平さん。
もとはトラック運転手をしていましたが、
不法投棄を繰り返しクビになってしまいました。

そんな寛平さんが吉本に入ったのは1970年。
岡八郎さんに憧れて新喜劇の研究生として入りました。

それは波乱の芸人人生の始まりでもあった訳です。
1974年には初の座長公演をこなし、同年リリースの
「ひらけチューリップ」が大ヒットするなど、若いうち
から看板スターとして活躍されました。

1975年には人気番組「あっちこっち丁稚」
スタートし、坂田利夫、木村進との絶妙な丁稚物語が
大受けでした。大型犬のでんじろうや赤フンの木村明等
得がたいキャラクターが今でも印象に残っています。
そんな番組運にも恵まれた感のある寛平さんですが、
落とし穴もいろいろとありました。


アメマバッチでの借金や新喜劇人気の下降から
苦労の時期を経て、1989年頃より東京進出し、
当時東京吉本で唯一の所属芸人であった
明石家さんまさんの助けもかりて、全国区の人気
を博していきました。

数々のギャグの中でも
「引きずり女」
は秀逸であり、世間で認知されないまま
埋没してしまたったのは残念でなりません。

そんな寛平さんの意外な一面として認知されて
いるのが、題目にもあります
「マラソンランナー」としての顔です。
24時間テレビやスパルタスロン、ウェスタン・
ステイツ・エンデュランス・ランなどにも挑戦し、
見事完走されています。

そのマラソンもそもそもは
「青梅マラソンを3時間以内で走れたらギャラを
倍にしてやる」

との吉本興行の話題作りが根本でありましたが、
見事2時間26分で完走したのであります。
その際にギャラ交渉が行われたのかは定かでは
ありませんが、今では2倍以上のギャラを得て、
約束以上の収穫を得たのではなかったのでしょうか!

池乃めだかさんとの「ネコ対サル」のやり取りは
有名ですが、私見としては木村進(現3代目博多淡海)
さんとのドタバタが大きく印象に残っています。

3代目博多淡海襲名披露公演中に脳内出血で倒れた
木村進さんをいろんな面でバックアップされた
優しい一面があることも最後に補足して
終了とさせて頂きます。

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