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2005/09/13(火)
正直言って逃げられた
前回に引き続き初期(1993年頃)のダウンタウンDXで
ゲスト出演した島田紳助とのトークより松ちゃんのコメント

松ちゃんは番組の中でも言っていうように紳助さんを尊敬して
います。その紳助さんが昔組んでいた漫才コンビ『紳助竜介』と一度で
いいから、同じ舞台に立ってどっちが受けるか漫才をしてみたかったと
いうのが、松ちゃんの熱望することでした。
紳竜はツッパリ漫才という新しいカテゴリを引っさげて漫才ブームを
ツービートB&Bやすしきよし』達と引っ張っていく存在でありましたが、
1985年に惜しまれつつも解散します。
紳助さんいわく・・・
サブローシローダウンタウンには勝てない」と当時無名の
ダウンタウンを引き合いにだしたのは有名な話であります。
では、紳助さんが「もうあかんな・・・」と思い始めたのはいつ頃から
でしょう。

それは、当時の漫才ブームを代表する番組だった『THE MANZAI
での出来事でした。私の記憶では『THE MANZAI』は2時間番組で
7~8組の漫才コンビが漫才で火花を散らす番組でした。出演者は
「ツービート,B&B,やすしきよし,阪神巨人,のりおよしお,ザ・ぼんち
,サブローシロー,いくよくるよ明石家さんま」等が出ていました。
当時みなさん20代後半~30代で、その後同じフジテレビでスタート
する『オレたちひょうき族』のメンバーと重なっています。
 紳助さんいわく『THE MANZAI』は計10回程あったのですが、
8回目位の出演時に違和感を感じたそうです。ブームに煽られている
お客さんは大爆笑をしているけど、自分では「面白い漫才ができて
いない」という違和感です。ちなみに、当時ツービートの北野たけしさん
は5回目の出演の時に同じ違和感に気付いていたそうで、
「もう俺達の漫才は終わりだから、あとは紳竜に任せるよ」と
言われていたそうです。その時は素直に喜んでいた紳助さんですが、
回を重ねるごとに自身も同様に気付いていくこととなるのです。

そんな思いを持ったまま約3年間は漫才を頑張りますが、
1985年に紳助竜介が解散します。松ちゃんがダウンタウンと
いうコンビ名に落ち着いたのが1983年頃ですからかぶっている
時期は2年となります。その2年間で同じ舞台に立てたのは
皮肉にも紳助竜介が最後の舞台となった梅田花月でした。
しかし、松ちゃんいわく「客の入れ替えがあったりで完全に同じ舞台
とは言えなかった」とのことであり、「逃げられた」とのコメントに
つながっていくのであります。同じ板の上で同じ客相手に漫才で
勝負に挑みたかったという松ちゃんには珍しい戦闘意欲を見せた
場面でありました。

では、当時競演する場面があればどちらが受けていたでしょうか?
当時のダウンタウンはまだ若いお姉ちゃんにキャーキャー言われる
前であり、スローテンポ(紳助さんいわく4ビート)の漫才をしている
時期でした。対する紳助竜介は16ビートのアップテンポ漫才です。
大方の見方では、ダウンタウン有利となるかもしれませんね。
その答えは今となっては分かりませんが、紳助さんのコメントから
ダウンタウンの漫才をどう捉えていたかを考えて決着をつけて
いきましょう。では、次回に。
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