前回に引き続き初期(1993年頃)のダウンタウンDXで
ゲスト出演した島田紳助とのトークより松ちゃんのコメント
松ちゃんは番組の中でも言っていうように紳助さんを尊敬して
います。その紳助さんが昔組んでいた漫才コンビ『紳助竜介』と一度で
いいから、同じ舞台に立ってどっちが受けるか漫才をしてみたかったと
いうのが、松ちゃんの熱望することでした。
紳竜はツッパリ漫才という新しいカテゴリを引っさげて漫才ブームを
『ツービート・B&B・やすしきよし』達と引っ張っていく存在でありましたが、
1985年に惜しまれつつも解散します。
紳助さんいわく・・・
ダウンタウンを引き合いにだしたのは有名な話であります。
では、紳助さんが「もうあかんな・・・」と思い始めたのはいつ頃から
でしょう。
それは、当時の漫才ブームを代表する番組だった『THE MANZAI』
での出来事でした。私の記憶では『THE MANZAI』は2時間番組で
7〜8組の漫才コンビが漫才で火花を散らす番組でした。出演者は
「ツービート,B&B,やすしきよし,阪神巨人,のりおよしお,ザ・ぼんち
,サブローシロー,いくよくるよ・明石家さんま」等が出ていました。
当時みなさん20代後半〜30代で、その後同じフジテレビでスタート
する『オレたちひょうき族』のメンバーと重なっています。
紳助さんいわく『THE MANZAI』は計10回程あったのですが、
8回目位の出演時に違和感を感じたそうです。ブームに煽られている
お客さんは大爆笑をしているけど、自分では「面白い漫才ができて
いない」という違和感です。ちなみに、当時ツービートの北野たけしさん
は5回目の出演の時に同じ違和感に気付いていたそうで、
「もう俺達の漫才は終わりだから、あとは紳竜に任せるよ」と
言われていたそうです。その時は素直に喜んでいた紳助さんですが、
回を重ねるごとに自身も同様に気付いていくこととなるのです。
そんな思いを持ったまま約3年間は漫才を頑張りますが、
1985年に紳助竜介が解散します。松ちゃんがダウンタウンと
いうコンビ名に落ち着いたのが1983年頃ですからかぶっている
時期は2年となります。その2年間で同じ舞台に立てたのは
皮肉にも紳助竜介が最後の舞台となった梅田花月でした。
しかし、松ちゃんいわく「客の入れ替えがあったりで完全に同じ舞台
とは言えなかった」とのことであり、「逃げられた」とのコメントに
つながっていくのであります。同じ板の上で同じ客相手に漫才で
勝負に挑みたかったという松ちゃんには珍しい戦闘意欲を見せた
場面でありました。
では、当時競演する場面があればどちらが受けていたでしょうか?
当時のダウンタウンはまだ若いお姉ちゃんにキャーキャー言われる
前であり、スローテンポ(紳助さんいわく4ビート)の漫才をしている
時期でした。対する紳助竜介は16ビートのアップテンポ漫才です。
大方の見方では、ダウンタウン有利となるかもしれませんね。
その答えは今となっては分かりませんが、紳助さんのコメントから
ダウンタウンの漫才をどう捉えていたかを考えて決着をつけて
いきましょう。では、次回に。
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