島田紳助さん。
デビュー当時は「ツッパリ漫才」で一世を風靡し、
大人社会に対して吠えたり、噛み付いたり、
そういった面でも名前を売っていました。
例を挙げると、
当時作家の藤本義一さんに対し、「芸人の
ぬくもり」で生きていると評論家と揶揄し、
名指しで批判した。さらには氏の直木賞受賞作
の「鬼の詩」までをも批判の対象にしたので
あった。
2、観客殴打事件
舞台でお客に「おまえらのは漫才とちゃう」と
文句を付けられ、舞台から降りて観客を殴った。
3、吉本お笑い連合結成(1982年)
紳竜・サブシロ・オール阪神(この時巨人は
会社側につく)等13名の吉本若手お笑い芸人を
集めて労働組合を結成。
・芸人に休日を作れ!
・梅田花月の下水管を修理せよ!
等の労働条件改善を吉本興業に訴えた(本質は
会社とグルで話題作りの為)。
等が挙げられます。
どれもが当時の紳助さんの外見・行動・ネタから
「不良の愚行」
として、うがった目で見られていました。
その真実は当時の紳助さんの
「若さ故の愚直な考え方の芸人」
と
「理論派・戦略家の芸人」
つまり、芸人としての2重人格の形成ゆえの
成し得た行動ではあると考えます。
しかし、そんな紳助さんが最も犯した重い罪とは
あまり公にはなっていません。それは、
「素人が簡単にできる漫才」
を確立してしまったことです。
漫才独特の「間」を極力排除し、テンポを詰めて
ひた走る疾走感を「勢い」と呼ばせ、コンビの
どちらかに才能があればそれだけで成立してしまう
“16ビートの漫才”です。
この台頭により芸の本質を見失う若手芸人が多数
輩出され、更にダウンタウンの出現により
「勘違い芸人」が雨後のたけのこのように輩出
された訳です。
紳助さんもダウンタウンも「芸の本質」を考え抜いて
体得している猛者なのですが、表面上のスタイルだけ
を真似ることだけで満足してしまう芸人さんが今も
絶えないのは、やはり紳助さんの犯した最も重い罪で
あると考えます。
弟子制度の崩壊に伴う“縛り”の薄くなった漫才界は、
「とてつもない新しい芽が芽生える可能性」
と
「花の咲かない雑草が蔓延る可能性」
の両方を兼ね備えている微妙なバランスのうえに
成り立っていると言えるのではないでしょうか。
紳助さんには責任を持って後継の芸人さんが育つ
環境作りをして頂きたいものです。
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