奥様の今喜多代(現今日規汰代)さんと共に夫婦漫才
で一時代を築くと共に多数のお弟子さんを輩出されて
おられます。
一門の顔を見てみると・・・
島田一の介(吉本新喜劇)と有名処が顔を揃えて
います。
実はオール巨人さんもこの世界に入る時に、
島田一門の門を叩いたそうですが、当時弟子が
多過ぎたことから断られたそうです。
入門していれば、紳助さんの弟弟子になっていた
ことから、ひょっとしたら漫才ブーム以降の漫才史
が変わっていたのかもしれません。
素人時代の紳助さんが洋七さんに憧れて漫才の世界
に入ったことは有名ですが、入門当時は洋七さんの
「完全コピー」をしていました。
舞台袖でカセットテープで録音し、原稿用紙にB&B
の漫才を書き起こして研究していました。
周囲の人には洋七さんをパクっていたことは誰にも
気付かれませんでしたが、梅田花月の楽屋で
「パクんなおまえ!」と
怒られたそうです。その時
「やっぱり本人は分かるのか」と
冷や汗をかいたとか・・・。
漫才ブームを境に明暗分かれたお二人。あまりに
売れ過ぎた洋七さんは、ブームから解放された
「安堵感」に浸り5年間も遊び続けたことが、
時代の流れから取り残されてしまうことになるの
でした。
その間紳助さんはバラエティーから政治まで幅広く
こなす「司会業」を身に付け、今や確固たる地位を
築いておられます。
そんな紳助さんも
「漫才はかないませんわ・・・」
と、今も若かりし頃に抱いた畏敬の念を抱き続けて
いるところに洋七さんとの見えない兄弟弟子の絆が
感じられます。
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