小文枝襲名から38年を経て五代目を襲名した桂文枝さん。
何故襲名まで38年もの時間を要したのか・・・。
平成3年3月9日に開かれた「桂小文枝を囲む会」の席上で
『五代目桂文枝』の襲名の意向が発表されました。この時
62歳になっていた訳ですが、一番初めは50歳の頃に話が
持ち上がったそうですから、それだけでも12年が経っている
訳です。
いったい襲名を避けていた訳と何でしょうか・・・
2、文枝になってから大活躍した人がいないという理由からでした。
小文枝という名前も十分大きい名前になってましたから、
一生小文枝でいくつもりでいたのです。
それが三枝さんをはじめとした一門の弟子達からのつきあげで
「ほな、そろそろ継ごか・・・」と観念されたのでありました。
その際に
「みなが継いでくれというから継ぐんやから、みなが結束して
盛り上げてくれないかんで。そやないとわしは継がへんで」
と弟子達に言い伝えたのでした。
師匠自ら一門の結束を望み、自分の襲名さえも一門繁栄の為の
「いいキッカケ」にしてくれたらという親心がうかがえる
お言葉です。
そんなこんなでいよいよ五代目桂文枝を襲名するのでありました。
そもそも桂文枝という名前は、歴史を遡ると桂文治一門の名前で
あったのですが、上方落語の「中興の祖」と言われた文治に
対して、初代文枝は明治期に落語という芸を確立した落語家で
ありました。
その後、文治という名前は東京に行ってしまうので、文枝という
長く空席になっていた上方落語における桂の大きな名前が、遂に
復活するということで非常に大きな意味があることでした。
さて、そもそも桂文枝という大看板とはどういうものなのか?!
次回は6代目桂文枝を探し出す前に歴代の桂文枝をみていきたいと
思います。
<次回に続く>
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