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2005/10/14(金)
<文枝は短命?!>

小文枝襲名から38年を経て五代目を襲名した桂文枝さん。
何故襲名まで38年もの時間を要したのか・・・。

平成3年3月9日に開かれた「桂小文枝を囲む会」の席上で
『五代目桂文枝』の襲名の意向が発表されました。この時
62歳になっていた訳ですが、一番初めは50歳の頃に話が
持ち上がったそうですから、それだけでも12年が経っている
訳です。

いったい襲名を避けていた訳と何でしょうか・・・

1、字画がよくない
2、文枝になってから大活躍した人がいない
という理由からでした。
小文枝という名前も十分大きい名前になってましたから、
一生小文枝でいくつもりでいたのです。

それが三枝さんをはじめとした一門の弟子達からのつきあげで
「ほな、そろそろ継ごか・・・」と観念されたのでありました。

その際に
みなが継いでくれというから継ぐんやから、みなが結束して
盛り上げてくれないかんで。そやないとわしは継がへんで」

と弟子達に言い伝えたのでした。

師匠自ら一門の結束を望み、自分の襲名さえも一門繁栄の為の
「いいキッカケ」にしてくれたらという親心がうかがえる
お言葉です。

そんなこんなでいよいよ五代目桂文枝を襲名するのでありました。


そもそも桂文枝という名前は、歴史を遡ると桂文治一門の名前で
あったのですが、上方落語の「中興の祖」と言われた文治に
対して、初代文枝は明治期に落語という芸を確立した落語家で
ありました。

その後、文治という名前は東京に行ってしまうので、文枝という
長く空席になっていた上方落語における桂の大きな名前が、遂に
復活するということで非常に大きな意味があることでした。

さて、そもそも桂文枝という大看板とはどういうものなのか?!

次回は6代目桂文枝を探し出す前に歴代の桂文枝をみていきたいと
思います。

<次回に続く>
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