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2006/05/12(金)
今年芸能生活40周年を迎えた池乃めだかさん。
1943年7月3日生まれの今年63歳の
超ベテラン芸人さんです。
今や吉本新喜劇の重鎮!?となっていますが、
池乃めだかさんの芸歴40年は「吉本新喜劇一筋」と
いうものではありませんでした。
その経歴は・・・→Ranking
1966年芸能界入り。
1968年に正司玲児らと音楽ショー「ピスボーイ」で
「中井次郎」の芸名でデビュー。
その後「海原めぐる」と芸名を変え、海原かけると
漫才コンビ「海原かける・めぐる」を結成。
ちなみに相方の海原かけるさんは、
「海原小浜の息子で、海原やすよ・ともこの父」という
超良血漫才師であったので、
めだかさんも「売れるのでは・・・^^」と密かに
期待しますが、残念ながら1977年に解散してしまいます。
同年吉本興業へ移籍し吉本新喜劇に入団し芸名を
「池乃めだか」に改名します。
名付け親はあの桂三枝師匠!
三枝師匠といえば、関根勤のデビュー当時の
芸名「ラビット関根」の名付け親としても有名ですね。
三枝師匠に命名されて売れなかったのは、
東野幸治の「バッテリー幸治」くらいでしょうか・・・^^;
そんな紆余曲折を経て、当初は吉本新喜劇でもなかなか
芽が出ませんでしたが、地道な努力の結果、
1980年代後半の「新喜劇やめよっカナキャンペーン」以降
若手育成の為座長に就任するまでになったのでした。
そんな池乃めだかさんが芸能生活40周年記念イベント
「ちっちゃいおっさん祭り」をが開催されます。
日時:6月11日(日)
場所:なんばグランド花月
出演:坂田利夫・間寛平・中川家・フットボールアワー・
ブラックマヨネーズ・友近・山田花子・ビッキーズ・
他マル秘豪華ゲスト!
「芸歴40年」って一言でいうけど・・・凄いですね。
「継続は力なり」でしたm(_ _)m→その他面白情報ランキング
簡単解決!やさしい保険入門サイト
1943年7月3日生まれの今年63歳の
超ベテラン芸人さんです。
今や吉本新喜劇の重鎮!?となっていますが、
池乃めだかさんの芸歴40年は「吉本新喜劇一筋」と
いうものではありませんでした。
その経歴は・・・→Ranking
1966年芸能界入り。
1968年に正司玲児らと音楽ショー「ピスボーイ」で
「中井次郎」の芸名でデビュー。
その後「海原めぐる」と芸名を変え、海原かけると
漫才コンビ「海原かける・めぐる」を結成。
ちなみに相方の海原かけるさんは、
「海原小浜の息子で、海原やすよ・ともこの父」という
超良血漫才師であったので、
めだかさんも「売れるのでは・・・^^」と密かに
期待しますが、残念ながら1977年に解散してしまいます。
同年吉本興業へ移籍し吉本新喜劇に入団し芸名を
「池乃めだか」に改名します。
名付け親はあの桂三枝師匠!
三枝師匠といえば、関根勤のデビュー当時の
芸名「ラビット関根」の名付け親としても有名ですね。
三枝師匠に命名されて売れなかったのは、
東野幸治の「バッテリー幸治」くらいでしょうか・・・^^;
そんな紆余曲折を経て、当初は吉本新喜劇でもなかなか
芽が出ませんでしたが、地道な努力の結果、
1980年代後半の「新喜劇やめよっカナキャンペーン」以降
若手育成の為座長に就任するまでになったのでした。
そんな池乃めだかさんが芸能生活40周年記念イベント
「ちっちゃいおっさん祭り」をが開催されます。
日時:6月11日(日)
場所:なんばグランド花月
出演:坂田利夫・間寛平・中川家・フットボールアワー・
ブラックマヨネーズ・友近・山田花子・ビッキーズ・
他マル秘豪華ゲスト!
「芸歴40年」って一言でいうけど・・・凄いですね。
「継続は力なり」でしたm(_ _)m→その他面白情報ランキング
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2005/12/16(金)
先日のテレ朝「銭形金太郎」でも学生時代の
思い出を披露していたレイザーラモンHGこと
住谷正樹(吉本興業大阪所属)。
関西の名門「同志社大学」時代の心温まる
エピソードが紹介されていました。
その外見とのイメージのギャップを
世に知らしめる意味ではレイザーラモンHGに
取ってメリットの多い番組であったと思います。
その銭形金太郎出演の中で一つ気になる発言が・・・。
2005/12/14(水)
<吉本新喜劇に出続けるゲイ(芸)人レイザーラモンHG(住谷)>
レイザーラモンHGこと住谷正樹。
吉本興業大阪所属タレントとしては、
かなりの全国区であります。
そんなレイザーラモンHG(住谷)をその芸風からは、
単なる一発屋と見られる方は多いと思われます。
ダンディー坂野、テツ&トモ、波多陽区・・・。
それぞれわずか1年足らずでブレイクは
沈下していきました。
果たしてレイザーラモンHGの行く末は・・・?

★フィギュア レイザーラモンHG
レイザーラモンHGこと住谷正樹。
吉本興業大阪所属タレントとしては、
かなりの全国区であります。
そんなレイザーラモンHG(住谷)をその芸風からは、
単なる一発屋と見られる方は多いと思われます。
ダンディー坂野、テツ&トモ、波多陽区・・・。
それぞれわずか1年足らずでブレイクは
沈下していきました。
果たしてレイザーラモンHGの行く末は・・・?

★フィギュア レイザーラモンHG
2005/11/14(月)
<吉本きっての好婆と怪婆>
吉本新喜劇で年配役のお婆さんを演じる
役者さんは昔から少なかったのです。
その中で好対照な位置付けの老婆役を演じる
お二方が存在しました。
高瀬ぎん子さんと南喜代子さんです。
吉本新喜劇で年配役のお婆さんを演じる
役者さんは昔から少なかったのです。
その中で好対照な位置付けの老婆役を演じる
お二方が存在しました。
高瀬ぎん子さんと南喜代子さんです。
2005/11/12(土)
<性別不詳 桑原和男>
男性がお婆ちゃんを演じるのは、大阪喜劇特有
であり欠かせない存在であります。古くは
曾我廼家十吾や大村昆、そして今では
桑原和男さんであります。
男性がお婆ちゃんを演じるのは、大阪喜劇特有
であり欠かせない存在であります。古くは
曾我廼家十吾や大村昆、そして今では
桑原和男さんであります。
2005/11/11(金)
<3代目博多淡海こと木村進さん>
1981年2代目博多淡海さんが50歳の若さで亡くなられました。
その跡を継がれたのが、長男の木村進さんでありました。
そして、3代目博多淡海こと木村進さんも、
波乱の人生を過ごしていかれるのでした・・・。
1981年2代目博多淡海さんが50歳の若さで亡くなられました。
その跡を継がれたのが、長男の木村進さんでありました。
そして、3代目博多淡海こと木村進さんも、
波乱の人生を過ごしていかれるのでした・・・。
2005/11/10(木)
<マラソンよりも息の長い芸人へ>
間寛平とまると死ぬ男―The nonstop monkey!!
今ではすっかり「マラソンランナー」としても
認知を得た間寛平さん。
もとはトラック運転手をしていましたが、
不法投棄を繰り返しクビになってしまいました。
そんな寛平さんが吉本に入ったのは1970年。
岡八郎さんに憧れて新喜劇の研究生として入りました。
それは波乱の芸人人生の始まりでもあった訳です。
間寛平とまると死ぬ男―The nonstop monkey!!
今ではすっかり「マラソンランナー」としても
認知を得た間寛平さん。
もとはトラック運転手をしていましたが、
不法投棄を繰り返しクビになってしまいました。
そんな寛平さんが吉本に入ったのは1970年。
岡八郎さんに憧れて新喜劇の研究生として入りました。
それは波乱の芸人人生の始まりでもあった訳です。
2005/11/04(金)
<出馬断念!せん ばたろう>
「せん ばたろう」でお馴染みの船場太郎さんが
「大阪市長出直し選挙」の出馬を断念されました
のは既知のことであるかと思います。
本名:松原昌平
生年月日:1939年11月8日
出身地:大阪
大阪お笑い票は100万票と言われ、過去に
「横山ノック府知事」「西川きよし参議院」を
生み出した「ナニワの一大集票組織」であります。
出馬されていれば、当選の可能性も高かったの
ではないかと残念で仕方ありません。
最近は大阪市議員として、「大都市監査委員」や
「民生保健委員」を勤めておられ、お笑いとは
距離を置いた活躍をされています。
「せん ばたろう」でお馴染みの船場太郎さんが
「大阪市長出直し選挙」の出馬を断念されました
のは既知のことであるかと思います。
本名:松原昌平
生年月日:1939年11月8日
出身地:大阪
大阪お笑い票は100万票と言われ、過去に
「横山ノック府知事」「西川きよし参議院」を
生み出した「ナニワの一大集票組織」であります。
出馬されていれば、当選の可能性も高かったの
ではないかと残念で仕方ありません。
最近は大阪市議員として、「大都市監査委員」や
「民生保健委員」を勤めておられ、お笑いとは
距離を置いた活躍をされています。
2005/11/01(火)
<日本一ニッカポッカの似合う喜劇役者>
昭和の吉本新喜劇において『花紀京』さんはまさしく看板スターであり、
ニッカポッカを履いて、「赤い鼻と頬っぺた」で登場する『京やん』こそ
幼心に登場を心待ちにしていた存在でありました。
花紀京(はなき きょう)。1937年1月2日大阪生まれ現在68歳。
今や伝説の漫才師である「横山エンタツ」さんの次男として生まれた
お笑い界のサラブレッドであります。
2001年放映の「明日があるさ(ダウンタウン浜田雅功主演)」で
最終回に登場する「花紀専務役」や
同番組主題歌の「明日があるさ(Re;Japan)」にも参加されていたので、
20代より若い方でもご存知なのではないでしょうか。
我々世代にとっては「吉本新喜劇」の大看板であり、
岡八郎さんや原哲男さんとの絡みは言葉に出来ない程の
面白さが詰め込まれていました。
昭和の吉本新喜劇において『花紀京』さんはまさしく看板スターであり、
ニッカポッカを履いて、「赤い鼻と頬っぺた」で登場する『京やん』こそ
幼心に登場を心待ちにしていた存在でありました。
花紀京(はなき きょう)。1937年1月2日大阪生まれ現在68歳。
今や伝説の漫才師である「横山エンタツ」さんの次男として生まれた
お笑い界のサラブレッドであります。
2001年放映の「明日があるさ(ダウンタウン浜田雅功主演)」で
最終回に登場する「花紀専務役」や
同番組主題歌の「明日があるさ(Re;Japan)」にも参加されていたので、
20代より若い方でもご存知なのではないでしょうか。
我々世代にとっては「吉本新喜劇」の大看板であり、
岡八郎さんや原哲男さんとの絡みは言葉に出来ない程の
面白さが詰め込まれていました。
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